2026/09/05 17:48

※インスタに投稿していたものを、こちらにも載せることにしました。


先週、夫と熱海へ行った。

ホテルのプールでプカプカ浮いていた時、
なぜか突然、
今までずっと忘れていた20代の頃の記憶が蘇った。

失恋したり、仕事も中途半端だったり、
なんとも虚しい気持ちでいた頃、
私は一人で熱海へ来たことがあった。

当時大好きだった小沢健二の『LIFE』を、
CDウォークマンで聴きながら。

人生の荒波の中で必死に泳いで、
波に飲まれそうになって、
「私、何やってんだ?」
と虚しくなって、
でもまた必死に泳いで……

そんな頃だった。

あれから30年近く。

夫とプールでプカプカ浮きながら、
今こんなに穏やかに熱海にいる自分を、
あの頃の私は絶対に想像できなかっただろうなぁ、と思った。

そんなことがあった数日後。

母が昔の写真を整理していて、
私の20代の頃の写真を何枚かくれた。

その中にあったのが、
1998年10月24日。
シカゴの小さなライブハウスで撮った、
カヒミ・カリィとのツーショット。

当時の私は25歳。

日本での生活に疲れて、
目的があったというより、
逃げるようにアメリカへ行っていた。

カヒミ・カリィが大好きだった私は、
全米ツアーの日程を調べてシカゴのライブへ。

小さなライブハウスで、日本人客は私ひとり。

ライブが終わると、
カヒミは普通にフロアに出てきて、お酒を飲んでいた。

生カヒミは、可愛くてカッコよかった。

写真を撮ってもらい、
持参したCDにサインもしてもらった。

話そうと思えば、いくらでも話せる状況だった。

なのに私は、
特別に質問したいことも、
伝えたいこともなかった。

「私って何なんだろう?」

なんだか自分が情けなかった。

そういえばアメリカでは、
「大学では何を専攻してたの?」
「アメリカには何をしに来たの?」
と、よく聞かれた。

でも私には、うまく答えられるものがなかった。

何かを学びたいとか、
何かを成し遂げたいとか、
そんな立派な目的もない。

そのたびに、
「ああ、私には本当に中身がないんだ」
と思っていた。

振り返ると、あの頃の私はずっと、
「私は何者なのか?」を
証明しなきゃいけないと思っていたのかもしれない。

何を着るか。
何を聴くか。
何を知っているか。
何を経験したか。

そんなものを集めて、
「私はこういう人です」と表現しようとしていた。

何もない自分がバレないように、
誤魔化すための術を
一生懸命身につけようとしていた気がする。

でも、あれから28年。

最近ようやく思う。

中身なんて、どうでもいい。
あると思えばあるし、ないと思えばない。

「私は何者なのか」を証明するために
エネルギーを使うなんて、もったいない。

だって、
生きて、見て、聞いて、迷って、笑って、傷ついて、
感じてきたことは、
どうしたって身体に宿っている。

そして勝手に醸し出されちゃう。

証明するな。
どうせ醸し出されるのだから。

それより、
誤魔化さずに、まっすぐ見て、感じよう。

そして今日、もうひとつ気づいた。

あのシカゴの夜、
カヒミを目の前にして何も話したいことがなかった自分に、
私はがっかりした。

でも、その「がっかり」だって、
ちゃんと感じていたんだよね。

だったら、あれはあれで良かったんだなぁ。

「何も話したいことがない」

ただ、それだけ。

そこに
「大ファンなのに」
「こんなチャンスなのに」
「私って中身がない」
と、ジャッジを重ねなくても良かっただけ。

だから今、25歳の私に言うとしたら、

そのまま感じてて。

何者かにならなくていい。
自分を証明しなくていい。

感じた自分を、
いちいち採点しなくていい。

何かを手に入れて自由になったというより、

ずっと自分を見張って、
採点して、
証明させようとしていた自分から、

ようやく解放されたんだと思う。

28年前、
カヒミがサインしてくれたCDを眺めながら、
そんなことを思った夜。

Nice to meet me.